ごあいさつ

 私が板井原集落に住み始めたのは2015年の夏。築260年ともいわれる古民家を少しずつ改修しながら機織り工房をスタートし、翌年から工房の隣の畑を借りて苧麻を育てはじめました。
 からむしとも呼ばれる苧麻はイラクサ科の多年草で、日本では越後上布や宮古上布など夏の着物の原料として古くから栽培されていますが、野生の苧麻も全国各地の野山によく自生しています。 板井原集落では野生の苧麻のことをヤマオと呼ぶそうです。

 苧麻は採取したその日に皮を剥ぎ、苧ひき具を使って白い繊維を取り出します。1日にたくさん欲張ってはいけません。早朝、その日作業できるぶんだけを刈り取り、畑の苧麻がなくなるまで毎日苧ひきします。そうして取り出した繊維を乾燥させて、糸を績み、機にかけて布を織ります。
 畑の苧麻からは緑がかった白い繊維、ヤマオからは野性味あふれる茶色がかった繊維がとれます。また、同じ畑の苧麻でも、収穫する時期や生育具合によって繊維の表情が微妙に変わってくるので、それが難しくもあり面白いところです。繊維の自然の色そのままを生かして作品をつくることもあれば、草木で染めることもあります。

 糸づくりは根気と時間が必要な作業で、大量生産はできません。しかし、だからこそ織りあげたときの達成感や喜びも大きいといえるでしょう。
 冬の大雪にも負けず、春になると苧麻は元気に芽吹きます。夏になると繊維を取り出す「苧ひき」や、草の糸を使った「はた織り」のワークショップなどを開催するほか、植物の繊維や染め織りの素敵な講師をお招きして不定期に講習会も企画しています。

 山奥の小さな工房ですが、植物がつないでくれた縁を大切にしながらいろいろなことに挑戦し、染め織りが好きな人たちが集まって気軽に糸づくりやはた織りを楽しめるような場所になれたらいいなと思っています。
 県の伝統的建造物群保存地区にも選定されている板井原集落は、古き良き山村の風景を今に伝える人気の観光スポットでもあります。
 昔ばなしの世界にタイムスリップしたような隠れ里へ、ぜひお越しください。

プロフィール

荒井よし子 - Yoshiko Arai-

植物の糸と染め織り工房「草縁」 主宰

略歴
日本大学芸術学部卒業。
編集・ライター・校正者としてフリーランスで働きながら、大塚テキスタイルデザイン専門学校にて染織の基礎を学ぶ。
福島県・奥会津昭和村のからむし織体験生となったことをきっかけに、植物の繊維から糸をつくり織る「自然布」の面白さに目覚める。
圓福寺ともいき工房/森原三公子氏、
吉田手織工房/吉田紘三氏に師事。
2015年より鳥取県・智頭町の板井原集落にて、築260年の古民家を改修した染め織り工房をはじめる。